アドニスたちの庭にて

    “新しいシーズンの こもごも”当日篇 A

 


          




 そんなこんなで、上層部の方々は優雅にも、裾野の方々はすっとんぱったんと。備品の準備だ設営だ、招待バンドへの連絡は取れているのか、騒音や賑わいへのご迷惑をおかけしますご町内へのご挨拶に行きますよ、中等部の新聞部から取材申請が出ておりますが、OBの方々が当日の特別ブースの利用をご希望ですが、などなどと。少なからずの大わらわで奔走した結果、正門すぐのところに立ち上げられた大きな記念門も豪華にして荘厳な、白騎士学園高等部名物“白騎士祭”がいよいよの開催と相成りまして。十月末の土日という日程から、外来のお客様も多数お越しの盛況振り。広い敷地内に、そして講堂や体育館にて様々に、生徒たちが知恵と努力を振り絞った数々の演目やら研究成果が発表されたり展示されたり。はたまた楽しんでって下さいねという、アトラクションに模擬店がいっぱい。結構な規模なだけに、当日ならではなトラブルもないではないが、そこは連携も見事な実行委員会がてきぱきと対処しており、

  「さぁて。それじゃあそろそろ、行こうじゃないのvv
  「はい?」

 いつもの緑陰館では連絡が悪いのでと、本館中央、生徒会執行部専用の会議室、兼、本日は大本営作戦本部
(こらこら)に、朝も早よから陣取って。運営状況を間近に監督していた桜庭会長とその補佐役の高見さんだったが。お昼休みも終わった辺り、休憩にと出ていた顔触れが交替をしに戻って来たのを見やりつつ、会長様がいきなり勢い込んで見せたもんだから。ずり落ちかかった銀縁メガネをついと立て直しつつ、執行部長さんが訊き返せば。それはご機嫌そうなお顔でのお返事が、

  「決まってるでしょ? セナくんトコvv

 ああやっぱりと苦笑が洩れる。生徒会の副会長である進清十郎さんの、学内でだけの弟御。それは愛らしく、心優しいマスコットの小早川瀬那くんのクラスが、この“白騎士祭”では模擬店を企画。その名も“萌え喫茶・ぷにぷに”という、何というのか…アキバ系の匂いがぷんぷんの設定なのだとかで。フロアに立つのが近所の女学院の制服を着た、色んな意味合いから“選りすぐりの子たち”だという時点で、既に………怪しい。
(笑)
「進の野郎め、一緒に行けば冷やかされると思ってか、昼休みからのずっと、どっかに姿を晦ましよってからに。」
 わざとらしくも“ぷんぷん”と、怒っているよな素振りをして見せた桜庭さんではあったけど、
「セナくんも期待してるけど、僕としては総監督だっていう甲斐谷くん? 彼も気になっててね。」
「ああ。確か、コスプレ喫茶を発案したのも彼だって言ってましたよね。」
 何でも、中等部時代からの演劇部のホープだそうで、
「ウチみたいな男子校だと、どうしたって女性がメインにも出て来る素材はなかなか手が出せませんのに。彼が中等部から入学して来てからというもの、多彩な演目をこなせるようになり、コンクールに出れば必ず全国大会までは進むし、賞だって取りまくりだって言う話じゃないか。」
「ええ、ですが…。」
 何だか妙な言い回しをする会長だなぁと、高見さんが戸惑って見せる。というのも、

  「もしかして。今までに一度も、彼と逢ったことなかったんですか?」

 途中編入生だとはいえ、中等部からで、しかもセナと同い年なのだから、セナがそうであるように、在校期間は自分たちのと ちゃんと重なっている筈であり。中等部の二年から今まで、自分たちが高等部へ進んだ一年間を除く最低4年は、同じ敷地内に相手を見られたし、活躍ぶりだって同じ“リーグ”内にて目に出来た筈なのに。何だか…人伝てに聞いたような言い方をしてはいないか?
“確か、昨年の学生演劇コンクールで金賞を取った時は、進と二人で代表って形で、会場まで応援に運んでたはずですのにね。”
 まさかあまりに忙しすぎて、うかーっと忘れているのだろうか? 様々な業界や業種の方々との広い交流もまた、桜庭家の人間たるもの、先々で当たり前に求められる代物で。幅広い人脈を持つこともまた財産になる社交界に、代々君臨してもいたお家柄であるだけに、社交辞令の数々も、その場だけしのげればなんていう甘いものでは通用しない。三ツ星ホテルのドアマンやフロントクローク係の如く、銀座の一流クラブのママの如く、人の顔と名前、肩書と自分との間柄は、そうそう簡単に忘れちゃいけない。そのくらいは心得てもいる彼だろうにと、それでの怪訝そうな顔をして見せれば。桜庭本人へも意は通じたようで、
「だってサ。僕が甲斐谷くんと顔を合わせる時って、いつだって、彼の方は舞台衣装とかメイクばっちりの時ばっかなんだもの。」
 素顔がどんななのかっていう印象が何とも薄くってと肩を竦めて、
「噂じゃあ、どことなく妖一に似た“ツンデレら”さんだっていうからvv」
 楽しみ楽しみvvと、ウキウキしている会長さんだったりするのだが。前章でのシリアスさは、あんた何処さ行っただよ。それに“ツンデレら”さんって何?
「ツンデレっていうのは、普段は誰へでも区別なく つんつんと高飛車な態度なくせに、好きな対象にだけは目も当てられないくらいデレデレと甘えるような、そういう美少女の系統のことですから、会長なりに お姫様っぽくもじったんじゃありませんかね。」

  ……………。

「??? もーりんさん、どうかなさいましたか?」
 いえ、あの。高見さんが“ツンデレ”をご存じだとは。
(う〜んう〜ん) セナくんたちがお店にと使っているのは、彼らが日頃使っている教室ではなく、水回りに近くて他の模擬店とのバランスも考えられた、本館西棟3階の特別教室なのだそうで。校外からのお客様やら、在校生にOBやらと、顔見知りの皆様からのご挨拶も少なくはなくかかる桜庭会長。1つ1つへ会釈を返しつつ、歩みを運んだ西棟の3階へと登れば、
「いらっしゃいませ〜。」
「美味しいコーヒー、いかがですか〜vv
「ご休憩にどうぞ〜♪」
 それほど“野太い声”はないのが救いではあるけれど、それでも男の子のお声には違いない“呼び込み”が聞こえて来るのへ、あれれ?と高見さんと顔を見合わせた。確か、行列が出来るほど繁盛していると、ちゃっかりと朝一番に紛れ込んだらしい、金髪痩躯の隠密さんが、苦笑混じりに言ってなかったっけ? なのに“どうぞvv”なんて呼び込みしてるのって?
「お昼休みまでに一通り消化したのかなぁ?」
「まあ、普通一般の喫茶店じゃなし、そうそう粘れもしないでしょうよ。」
 評判を聞き付けて興味本位で集まるのは、外からのお客様よりも在校生だろうし。となれば、自分たちの出し物やら演目やらもあろうから、ずっと居ずっぱりなんて事は出来なかろう。つか、
“どんな評判なんだか…。”
 そだねぇ。
(笑) 目的の階にまで上がれば、廊下の突き当たり。ひと連なりの腰高窓から斜めに射し込む、秋の昼下がりの光が明るい中。ちょいと毛色が違って鮮烈な店頭ディスプレイが目を引くので、すぐにもそこだと判るところからして、まずは群を抜いている。金銀やラメも綺羅々々しい、モールやオーナメントやくす玉なんぞを安易にも派手に飾るでなし、客引き用にとBGMを喧しくかけるでなし。ピアノカバーのようなベロアの一枚布を教室側の外壁全面を覆うようにと張っていて、その深緑が空間をシックに引き締めている。前と後ろの引き戸は取り払われていて、その代わりのように純白のオーガンジーの、結構豪奢な織りがゴージャスなレースの縁取りつきカーテンが、贅沢にもふんだんにドレープを取れる幅だけセットされており、一体どこの王宮の窓辺ですかという、ラグジュアリにも豪華な拵こしらえ。
「あれって二重に重ねてから左右へ交互に掻き寄せてますよね。」
「うん。」
 二枚組引き戸が嵌まってた、広いめの間口の軽く2.5倍幅。それが前後で計4枚。いくらそのくらい準備は容易
たやすいような、資産家のお坊っちゃまも多数通ってるよな学校でも。こんな子供のお遊びに、そんな贅沢品をほいほいと持って来ちゃあいかん、物の価値とか何だとか、ちゃんと理解しありがたいと思う感謝の心は忘れちゃいかんのだけれども、
「まあ、どういう経路で持ち込んだものを使うのかって届けは出てますしねぇ。」
 わざわざ買ったものでなくたって、あまりに度が過ぎる贅沢品は持ち込み禁止だし、
「今時は何でもレンタル出来るからねぇ。」
 ゴージャスだけれど使い回しなら、原価より安い予算で使えたりもするご時勢。ちなみにそういう業者は“学校指定店”というのが実行委員会から限定されているので、結婚式場の貸衣装じゃあるまいし、目玉が飛び出るようなものを学生には勧めないでとクギを刺してもあるため、尚のこと安心していていいのだが。
「…で、あれが“萌えっ子”もどきってワケ?」
 戸口前にて3、4人が並んでの呼び込み中。噂に聞いていた通り、小柄な子が多いクラスならではの ちょこりと小粒な看板娘たちは、それぞれほんのりとお化粧までされているらしく、
「あ…。お兄様がいる子が3人もいる。」
「そうなんですか?」
「うん。ほら、あの七五三用みたいな大きなおリボンを髪に留めてる子は、C組の鏡堂くんの弟だ。」
 そんなことまで蛭魔がいちいち報告してはいなかろうから、恐らくは自分で把握していたらしく。…妙なことへとアンテナを張っている会長さんであることよ。
(笑) そんな顔触れでもあるせいか、こういう出し物としての“品揃え”は一応の及第点というところかと。
「かつらは衛生上よろしくなかろうということで、模擬店に限っては禁止させていただきましたが。」
「ベリー・ショートだと思や、あれで十分可愛いって♪」
 そして衣装はやっぱりお揃いの、某女学院の制服姿。合服用の丸襟長袖ブラウスに、白のニットベストと真っ赤なアスコット・タイ。グリーンチェックの箱ひだスカートは、膝上30センチVer.で、白いルーズソックスの上には、小さな膝小僧のみならず…男の子っぽくキュッと引き締まった腿も半分ほど、お元気そうなノリにてあらわになっているのが、妙に可愛らしい。
「あれれ? 紺ハイじゃないね、足元。」
 皆様、白いオーバーニー丈を膝下へずり下ろしたと思われる、ルーズソックス着用であり、そこだけがオリジナルと違っている。セナくんが着ていた写真を先に見ていただけに、それとの違いへキョトンとしている桜庭さんへ、
「まるきり同じにしてしまうと、あちらさんの学校からクレームが来るかもしれないと、そんな助言でもあったんじゃないですかね。」
 にっこり笑って応じた執行部部長様。…それって、誰の助言なんでしょうかしら?
“そんなの判り切ってるじゃないですか。”
 ははあ、やっぱり。
(苦笑) どこもかしこも、水をも漏らさぬ勢いにて至れり尽くせりなんですね。こんな生徒会が解散しちゃうなんて、ホント勿体ない。………と、そこへ、

  「こらこら。いらっしゃいませ、じゃないだろ。」

 おやや? 何だかちょいと偉そうな声がかかっておりますが。もしかして“小
チィママ”からの演技指導でしょうか?(いや、高級クラブじゃないってば。)
「あ、そかそか。」
「でもよぉ、呼び込みってったら…。」
「あ、こら。猫山、お・言・葉。」
「う〜〜〜。///////
 堂に入ってる“指導役”は丁度こちらに背中を向けており、やっぱり同じ衣装の小柄な男の子である様子。成程、明るい色合いの髪を逆立てている髪形といい、細っそりとした印象も強い、薄い背中や細い肩が、ともすれば何とも可憐で。あの金髪の諜報員様を思わせるような、素養というか雰囲気というかが、似通ってなくもない男の子ではあるらしく。しかもしかも…しゃんと伸びた背条といい、人差し指を宙で振り振り、注意をする所作といい。決して わざとらしくも“なよなよ”としてはいないのに、凛然とした…女の子に見えるから、何だか不思議。あれが噂の甲斐谷陸くん、なのだろうが、
「………何か、真面目に取り組んで見えるのは気のせいかな。」
「ホントですよね。なかなか厳しいようですし?」
 彼にしてみりゃ、部活動で打ち込んでいる“演技”の一環みたいなもの。だから手を抜けなくて、指導にも力が入るのでは? そもそもスポーツも好きみたいで、春の青葉祭では、セナくんと雷門くんと彼とでトリオを組んで、そりゃあ活躍したそうですし。あんな小さい子ばっかりで? そんなこんなと言葉を交わし合いながら、苦笑しつつも戸口近くまで近づけば。指導を受けてた面々がこちらに気づいた模様であり。ちょっぴり照れながら、肘でこづき合ったりしながらも。いっせ〜の、なんて小声で調子を合わせてから一斉に、

  「お帰りなさいませ、お兄様〜vv」×@

 にっこり笑顔もお揃いで、何とかボーイソプラノかな?という男声がそりゃあ楽しげにハモって………どういうご挨拶をして下さっているのやら。
(笑)
「あ…やや。///////
 片方の足を軽く引き、怪獣を前にしたウルトラマンのポーズ、但し逃げ腰、の会長の横では、
「ご丁寧に痛み入ります。」
 高見さんが小首を傾げてにっこりと、鉄壁のポーカースマイルでご返答。柔らかく細められた目許や、ノーブルに持ち上がった口角の何とも優しげなところは、温厚ながらも大人びた余裕が“頼もしオーラ”のユニゾンを醸し。

  「わ…。/////
  「えと。/////
  「あのあの。/////

 こっちからこそ たじろがせてやろうと狙ってかかって来た筈の愛らしい弟さんたちを、逆にしっかとたじろがせたほど。そんな高見さんへ、
“こ、こいつ。”
 今更のことながら、あらためて“強ぇえ〜〜〜”とか感心してたりする桜庭さんだったりして。確かに相変わらず奥が深い人には違いないってか? そんな入り口の様子に気づいてだろう、
「?? どうしたの? 陸、…あ。」
 カーテンの陰からひょこりとお顔を出したのは、やっぱり愛らしいミニスカート姿のセナくんのご登場vv 大きな眸はウルルンと潤み、他の皆さんが黒のローファーやデッキシューズな足元なのに、彼は真っ白なコンバースだってところがまた、妹系の萌えキャラっぽくて愛らしかったりしvv
「桜庭さんと高見さんがおいでだよ。他の子が担当すると後々で揉めるかも知れないから、お前…じゃない、セーナがご奉仕なさい。」
 同じ服装だってのに、照れることなく、むしろ堂々としているからか。指導役のチィママさんてば、ちゃんと女の子しているのにカッコよく。
「あ、うん、じゃなくて…と。////// はぁ〜いですぅ。」
 セナはセナで、ふくふくとした頬が真っ赤に熟れるほどに、照れがどうしても出るのが丁度いい含羞
はにかみとも解釈出来て。こちらは指導あっての仕草なのか、敬礼もどきに片手を上げると、その肘が脇へと緩く引きつけられるところが………たどたどしいところも含めて、何とも微妙に稚いとけなくって愛らしい。さあどうぞと愛らしい制服姿の身を戸口の端へと譲り、ブラウスの柔らかで清かなふくらみの中に収められた細い腕を伸べて見せ、教室の中へとお客様であるお兄様方を誘いざなう。もともと広い教室の中も、さほど華美な装飾はなくって上品なもの。明るい室内にゆったりとテーブルを並べてあり、後ろの入り口からは奥向きにあたる教壇の側を、カウンターにて空間を仕切り。いかにも教室である証しの黒板を隠しつつ、コンパクトな調理場をそこへと設けている模様。
「こちらの席でおよろしいでしょうか?」
 にっこり微笑みながらセナが示したのは、窓辺のテーブル。4人掛けらしい大きさだったが、店内を見回してもさして込み合ってはいないので、それじゃあ甘えましょうとゆったりした席に着く、上背のあるお二人。所謂“メイド喫茶”ではないらしいので、床に跪いての応対というのまではやらないらしいが、それでもミネラルウォーターを注いだグラスをトレイに載っけて、いやに慎重にと運んで来ると、そぉっとテーブルへと並べ。それから、下敷きサイズのクリアカードケースに入れたメニュー表を自分の胸の前に広げて、
「オーダーは何になさいますか? 珈琲は『三番館』の瀧くんが、お父さんに特別ブレンドを分けてもらって来たのが出せますよ? 紅茶は『バハムート』の神崎くんが、フォションのアールグレイとダージリンを選んで来てくれました。」
 あと、美味しいクッキーとスコーンもありますし…と、お勧めどころを説明して下さる“急造女子高生”のセナくんへ、
「じゃあ、僕はダージリン。アイスも出来るの?」
「はい、出来ますよ。レモンですか? ミルクですか?」
「レモンでよろしくお願いします。」
「はいvv 高見さんはいかがしますか?」
「僕はホットでブレンドを。」
「判りました
vv
 何だかおままごとみたいで、そんなところもまた楽しいし、上手に出来たようvvとホッとしてだろう、一通りのやり取りが済むと小さな肩が心なしか降りるのが、何とも微笑ましくってしようがない。顔なじみが相手でもそれがマニュアルなのだろう、ペコリと腰を折ってのお辞儀をしてから、カウンターの方へと足を運び、オーダーを通す。それからすぐにもとって返すと、テーブルの傍らへと戻って来て、

  「えと…お兄様、オーダーが来るまで、僕とゲームをなさいませんか?////////

 おおう。恐らくは進でさえそうと呼ばれちゃいなかろうに、セナくんから“お兄様”なんて呼ばれちゃったよvv どこか棒読みっぽい口調ながら、これもこの模擬店ならではのオプションイベントなのだろう。
「ゲ、ゲーム?」
 あわわという大仰なリアクションをしたまま、桜庭が聞き返せば。小さな顎をこくんと引いて、
「ボクが負けたら、パターンの中からリクエスト下さったポーズを取ります。そいで、その写真をプレゼントさせていただきます。」
 おやおや。それでカウンターのところに、ポラロイドカメラが置いてあるんですね。さっき眺めたメニューの裏には、そのポーズというのの見本があって。そこにはいかにもな猫耳をつけたエプロンドレス姿の女の子のイラストで、

  1.ぐうに握ったゲンコツを、
    お顔の横にかざして“にゃんこのポーズ”だにゃんvv

  2.自慢の細腕、両手でぎゅううって抱き締めて。
    切ないのよんとお胸を寄せる“ぎゅううのポーズ”だにゃんvv

  3.あのね、お兄様ってば意地悪だから。
    小さい僕は下から見上げる“上目遣いでお願いのポーズ”だにゃんvv

 以上、3つのポーズが記されてあり、じゃんけんで負けたら、担当の女学生くんがこれの中のどれか、愛らしくもポーズを取ってくれるらしい。(…あ"〜〜〜、疲れた〜〜。//////
「但し、さく…お兄様の方が負けたら、お手々に水性ペンで小さく落書きのお仕置きをさせていただきます。」
 説明していたそんな背後、少し離れた席からも、わぁ〜っという驕声のような声が上がって、
「じゃ、2のポーズでいいですね?」
 ちょっぴり恥ずかしそうに応対している男の子、カウンターの方へと手招きで合図を送れば、こちらはボーイさんの恰好をした男子がポラロイドカメラを持って来て、可愛らしい撮影会と相成っている。
「…ああいうのが嫌な子もいるんじゃないの?」
 無理強いはよくないなと、暗に言いたいらしい高見さんへは、セナくんがこっそりかぶりを振って見せ、
「大丈夫です。目立ちたがりな子をって、陸がキチンとセレクトしましたし。それに…あのその、あの写真は誰に渡したのかをきっちりチェックしてありますから、後々変なことに使おうものなら、恐ろしい目に遭うことだろうよなって………。」

  「妖一だね?」

 皆まで言わさず、誰の助けがあってのそんなフォローなのかを言い当てた桜庭さんであり。図星だったらしくて、あややと肩をすぼめたセナくんの、さっきとは反対側の背後から、

  「何しやがんだよっ!」

 妙に迫力のある、ドスの聞いた声が唐突に上がって、室内がはっとしたそのまま凍りつく。
「俺ら客なんだぜ? 客。それなのに何か? 客の手に何を落書きしてやがるよ。」
 おやや? そちらさんもやっぱりゲームの末のやりとりらしいが、勝ったら負けたらって段取りは、ちゃんと説明があったはずでは?
「…おかしいな。南風原くんだったら、説明すっ飛ばしなんてしない筈なのに。」
 コスプレ班への採用組には明るい気性の子が多かった中、彼だけは生真面目なほど責任感の強い子ならしく、
「ありゃあ、私服だが黒美嵯高の奴らだよ。」
 最寄りのJR駅を挟んで反対側にある公立高校。スポーツ奨励校として有名であるが、その陰では不良っぽい子たちも沢山いて幅を利かせているとかどうとかと、あんまり芳しいとは言えない噂も多い学校で。
「でも…。」
 今のところはあのその、彼らもよく知る十文字くんという子が、そういう系統の乱暴者たちへの睨みを利かせ、きっちり締めている筈なのに? セナもまた、親しくさせていただいてる人だからと、なのにあんな取りこぼしが出るなんて訝
おかしいと言いたげだ。それへは、

  「恐らくは三年だな。
   スポーツ推薦で来たガッコなのに、
   最後の大会の予選も本番っていうこの時期になっても、
   いよいよお呼びでない立場だってことから、ガッコに未練もないクチが、
   腹いせの破れかぶれで、ああいうコトすんだよな。」

 一応は連れへの言葉らしいが、声の大きさは届く限りの誰へも届けと言わんばかりの張りのあるそれ。着崩した濃紺の詰襟制服、はだけた前合わせからこぼれるシャツの白が目映いが。それで覆われ尽くしていない、お顔や喉元やらの白さもまた、抜けるように深みのある玲瓏さで人の目を余さず引きつけ。鋭角的なお顔を縁取る、存在感に満ちた金色の髪もまた、窓からの光を透かしてそりゃあ印象的であり、
「な、何だとぉっ!」
「言い掛かりつける気か、ごらぁっ!」
 ちょいとあたふた、そんな気配がありありと滲んだ風情でガタゴトと立ち上がった二人連れ。あたふたしたのは…ちゃんと出入り口から入って来たばかりの、我らが頼もしい諜報員様からのご指摘が図星だったからだろうなと、高見さんが苦笑をし、
“…妖一ってば。”
 なかなか捕まらないと思ったら、此処の監視役をやってたな、と。タイミングよく現れた“助っ人さんたち”へ、桜庭さんが少々恨めしげな顔をする。片やの“助っ人さん”はといえば、
「……………。」
 最近またぞろ話題の“一子相伝 拳法漫画”の主人公もかくやという、寡黙にして荘厳な風情が重厚な。屈強精悍、それは頼もしい存在感に満ちた、セナの大好きな黒髪のお兄様。どうなることやらとはらはら緊張しているセナへ、かすかに一瞥をやってから、真顔のまんまで無頼な輩を睨みつける。
「此処じゃあ何だ、場所を変えて話し合いと行こうじゃねぇか、お二人さん。」
 すらりと細身の金髪の悪魔様。一見しただけでは、美麗ではあってもとてもではないが喧嘩には強そうに見えない人なので。連れはともかく、こんな…虎の威を借るキツネ野郎にまで鼻先であしらわれて堪るかと、
「んだとっ、こらっっ!」
 避ける暇さえ与えぬ先手必勝、隙を衝いたる卑怯な不意打ちで、まずはと蛭魔へ殴り掛かった男。迷彩柄のシャツの裾がばっさと翻って、勢いだけはカッコよかったかも知れないが、

  「…っ! ぎゃっ!!」

 傍らにいた進が手を出した訳ではないのは、そんな必要もなかろうと見切ったからで。両手をズボンのポケットに入れていた筈の蛭魔だのに、どういう早業か…一応は運動部へのスカウトがかかったような猛者のパンチが、見事に90度ほどコースを逸らして、天井へと跳ね飛ばされている。
「妖一のキック力を舐めちゃあいけない。」
「…コントロールは目茶苦茶ですがね。」
 こらこら、高見さん。
(苦笑) 全力を乗せて繰り出した腕を、下から思い切り蹴り上げられた結果のアッパースタイルを取らされて、それは言うなれば、渾身の豪速球を素手空手で打ち返されたようなもの。そんなこと起こり得るはずがないという、信じ難い現象に襲われたもんだから、それへの対応が出来ないままな彼が、体のバランスを崩して ずでんどうとその場に倒れ、
「…くっ!」
 連れが倒れて、さあどうするか。こんな坊っちゃんガッコで、おめおめと尻尾巻いては逃げられないのか、
「てめぇっ!」
 蛭魔が蹴上げた脚はまだ微妙に床に戻っておらずで、連続蹴りまでは出来なかろうと踏んだのか。間髪を入れない連続技なら一矢報いることも出来ようかと思ったか、倒れた仲間を踏みかねない勢いで、後陣が突っ込んで来たものの。

  「…っ!!」

 愛しいハニーのピンチに、飛び出すのが間に合わなかった桜庭さんから、しばらくの間、何かというと愚痴られ続けたお兄様。飛んで来た拳は、こちらさんも同じくスポーツ特待生の成れの果てだったからか、結構なスピードと重さという威力を帯びてはいたものの。所属は剣道部だけれど、専門は居合道という進清十郎さん。刹那の間合いへ凝縮されたる、瞬発力やら力点移動のベクトルやら、計算も立てない瞬殺の反射にて把握し、体がそれへと的確に連動するのが、彼には自然な呼吸にすぎないほど。目の先をうるさく飛んでたハエを、箸の先で摘まんでみましたというような。無造作ながらも淡々と、凄いことをやってのける彼なのが、

  “僕たちにはさして、脅威でも何でもないことなんですがね。”

 目にも止まらぬ素早さで、傍らに立つ蛭魔へと向かって来た相手の腕を、パシィッと鮮やかに掴み取った武道の達人。正面からではなく、自分の横手へと伸ばした腕で、そこからすれば横方向へと飛んでたものを掴み止めるだけでも大した反射と動態視力。しかもその上、加速の乗ってた拳を片手で引き留め、そのままゆっくりと頭上へと持ち上げたもんだから、
「…ひっ!」
 何だよ離せよと もがいても、頑として動かず離れなかった巌のような相手の手が、万力のように堅く締まり、しかもそのまま機械仕掛けのリフトか何かのようにじわじわと、自分の腕を上げるのに付き合わさせる格好で、こっちの腕まで高々と引っ張り上げてゆくではないか。肘に近い辺りを掴まれていたせいで、ある程度まで来るとそれ以上は上げようがなくなり、されど相手の腕は止まらないから…腕の付け根が痛みだし。それを防ごう堪えようとして、高さを保とうと頑張った爪先立ちが、傍から見る分には新米のバレリーナが姿勢が覚束ないまま慣れないトウで立つ様を彷彿とさせて…何だか可笑しい。他は全く拘束されてはいないのだから、空いてる方の腕で逆らえば良いところだのに、
「…うっ。」
 こうなってしまうとそんな形で体をひねれば、たちまち思い切り伸ばされた腕の側、二の腕から脇やら背中やら、そちら側全体が、引き裂かれるような痛みを感じて、もうもう何とも動けなくって。そんな爪先立ちにも限度があり、いよいよ床から離れそうなほどにも体がぐいーんと持ち上がる。これが抱えられてのことならば、相手に任せて抱えてもらや良いだけのことだけれど。腕の一点だけを掴まれての、文字通りの力技。人を一人、腕だけ掴んで持ち上げて。足が床から離れてもなお持ち上げ続けて。バランスを崩しもせず、何でこんなことが出来るのか。
「…か、」
「か?」
「もう堪忍してくれようっ。」
 とうとう相手から音を上げたようで、
「悪かったっ、言い掛かりつけたのはこっちが悪かったからっ!」
 必死になっての金切り声。さっきまでの堂に入った凄みがあっさり吹っ飛び、むしろ…相乗効果でみっともなさに拍車が掛かるよな情けなさ。今にも泣き出すのではなかろうかという相手を、言葉もかけず、ただただ無表情に見やっているばかりの進に代わり、
「下っだらねぇこと、しやがってよ。今からお前らの頭んトコへ連れてって、何をしたかの説明つきで引き渡してやっからな。」
 金髪痩躯のお兄様、言いながら ゆるやかにその腕を頭上まで引き上げて、パチンと小気味の良い音で指を鳴らせば。カウンターの向こうの奥向き、続きの間になっている準備室から出て来たらしき、私服のお兄さんたちが何人か。見るからに大人で年長な方々であり、此処に十文字くんがいたならば、それがあのクラブ『R』のマスターの知己、恐持てのお兄さんたちだって事があっさり分かったに違いなく。ひょひょいと二人の狼藉者たちを肩の上へと担ぎ上げ、実に手際よく、お外へと撤収して行ってしまう。此処からは見えなかったが、恐らくは…ベロアの布で覆われていた、廊下の突き当たりの非常口が開いたのだろう気配がしたから、そこから学外へまで連れ出す彼らであるらしく。

  「…じゃあな。騒がしたがもう大丈夫だ。
   詰まんねぇこた すっぱり忘れて、楽しい喫茶店を続けな。」

 にっぱりと笑った蛭魔さん、退出してった皆様を追うように、やっぱりお部屋から出ていってしまわれる。どうなるものかと固唾を呑んでた皆して、一斉に“はぁ〜〜〜あっ”と安堵の吐息をついたのは言うまでもなく。
「助かった〜〜〜。」
 いつの間に来ていたやら、一応は企画責任者だからとセナの傍らにいたらしい、小柄の監督、陸くんがその手をセナの肩へとおいて、どうかすると凭れるように一気に脱力して見せる。
「こんな学祭の喫茶店で、まさかあんな、いちゃもんつける奴が出るなんてさ。」
「そだね。あんまりそこまでは想定しないよね」
 苦笑しつつも、直接からまれていた男の子へと、大丈夫? 怖かったね、熱海先輩、此処へ呼ぼうか?と、優しく声をかけてやる。スポーツをやってたって、根は純真な子が多い、育ちのいい子ばかりのガッコだからね。あんな風に胴間声でがなられたなら、慣れがないから身も凍る。
「陸でも怖かったの?」
「…お、俺は平気だったさ。」
 だって、蛭魔さんがサ、万が一にも怪しい奴が来たら携帯で呼べって言ってたし。ホントに速攻で来てくれたじゃんかよと、ぼそぼそ声で投げるように言い返す彼だったが。ブラウスから出ていた小さな手が…セナの着ているベストの背中、きゅううって掴んでて離さない。自分でも気づいているのかな? そんな印象のする、ちょっと夢中なような所作だからこそ、ああちょっとは怖かったのかなって感じられ、微笑ましい強がりが何とも擽ったい。そんな二人や後輩さんたち、ルーズソックスにミニスカート姿の“似非女子高生”たちが寄って来て、気が緩んだ弾み、緊張を解きたくてと、ついついガヤガヤと話し込み始めた場を眺めつつ、
「何で進の奴、割って入らないのかな。」
「そんなの大人げないでしょうが。」
 全くもってこの人は。そっちの話には、ついつい自分を物差しにするのが悪い癖だなと、高見さんが苦笑する。セナくんへとくっついたままな陸くんやら、今頃になって怖くなったらしい、直接怒鳴られてた男の子の肩を抱いてやって宥めてるセナくん本人やらへ。自分だったら間違いなく焼きもち焼いて“こらこら”と割って入ってると思ったらしい。
「きっと安心してるんですよ、」
「安心?」
 自信じゃなくて? 敢えて聞き返した会長さんへ頷くと、
「セナくん、案外とお友達も一杯いるんだなって、僕だって“良かったな”って思いましたもの。」
 いつもいつも、お兄様や自分たちのいる緑陰館へと手伝いに来てくれていた彼だったから、同い年のお友達は少ないのではなかろうか。うちのおおらかな生徒がそのくらいで妬んだりするとまでは思わないが、それでも…クラスでは浮いているのではなかろうかと、ちょっぴり心配してもいたからね。セナくんが中心になってるような輪が出来ているのが、ホッと出来た高見さんであったらしい。
「それに。進の手をよく見て下さいよ。」
「手?」
 大きくて頑丈そうなごついその手。何が嬉しくてそんな色気のないものを見なけりゃいけないのかと、思いながらも視線を投げた桜庭さんが見つけたものは、


  「………進ってば、じゃんけんゲームで負けたんだな。」
  「しかも、少なくとも2回はしてますね。」
  「うんvv」


 その大きな手の甲に、ルミナスピンクで“大好き・はぁと”とか“せなvv”なんて小さく書かれていればねぇ。
(笑)
「進はともかく。妖一には、やっぱお仕置きしてやろ。」
「はい?」
 だってさ、こんな“用心棒”なんてこと、僕らにも内緒で構えてたなんてサ。それにそもそも、何でセナくんの女子高生写真を携帯に忍ばせてたわけよと、そんなところへまで逆上る人だったりするもんだから、

  “………蛭魔くんも大変ですよねぇ。”

 それのどこが悪いと開き直って怒られたらば、今度はごめんなさいの連呼になるくせに。今だけは言いたいこと言ってる、美貌の生徒会長さんであり。恋人として先々大変ですねと蛭魔さんへ同情する高見さんではございますが。だからといって…自分も同んなじで、ビジネスの面での補佐役として将来も振り回されるのですからねなんて、慰め合うつもりは毛頭ないらしい。

  “そんなことを言ったらば、
   今度は蛭魔くんの側からどんな焼き餅を焼かれるか。”

 おおう。そこまで読んでおられるか。
(苦笑) 何ともにぎやかなお祭り騒ぎ。羽目を外した分だけ、本音もちらほら仄見えて。取り繕いなんて要らないからね? 普段は見られないよなお顔も見せてとか。何んでそんな、こっち向かないで好き勝手して…とか。あちこちで様々に、青い思惑が錯綜し合いもするようでございます。ああ、空も高いし、風も澄んで。秋もいよいよ深まったしねぇ………。







  〜Fine〜  05.9.15.〜9.16.


  *どういうタイミングでしょうか、
   これを書いてた夜のTVチャンピオンは“アキバ王選手権”でした。
(爆笑)
   時々“巨人×阪神”へ逃げてた、
   見続ける体力のなかった自分がまた笑えましたが。
   問題に出て来たアニメが全然判らず、
   (タイトルだけなら何とか覚えがあるのもありましたけど。)
   結構“美少女好き”だったつもりが、
   完全に置いてけぼりでございましたよ、ええ。
(苦笑)

ご感想はこちらへvv***

戻る